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気ままに書評や本の感想などを書いています.

ル・ボン 著『群集心理』武田砂鉄 著『100分de名著 群集心理』 コロナ禍で必要なもう一つのワクチン

 

 

 NHK教育では『100分 de 名著』という素晴らしい番組を放送している。当該番組は指南役の著名人が月替わりで登壇し、伊集院光さん、安部みちこさんとともに名著を計100分で語る教養番組だ。名著そのものだけでなく、著者の生い立ちや、著書が書かれた時代背景なども紹介。既に読んだ本の中にも新たな発見があったりする。この番組で先月、紹介された書はル・ボンの『群集心理』。『群集心理』は社会心理学の古典とされ、個人的に興味があり、5年前に購入。しかし、古典だけあって無教養な私には読むのが苦しく、恥ずかしながら積読していた(実際には注釈で歴史的事件や人物などに関する丁寧な説明がなされているが、それすら気づいていなかった)。『100分de名著』で紹介されたことから、これは良い機会だと思い、テキストとともに当書を読むことにした。

 ル・ボンは博学の人でマニアックな数々の論文を世に出した人としても知られる(『窒息に関する実験的研究』『頭蓋骨の容積変化の法則に関する解剖学的数学的研究』『グラフの方法とレジスター装置の研究』等々)。そんな彼はフランス革命期の混乱の中で人生を送った。ゆえに、群集に対する眼差しは現実的かつ冷徹。群集を黴菌にまで例える。

 では、群集/群集心理は、どのような性質を有するのか。端的に言うと「断言、反復、感染」に弱く、強い被暗示性を示すという。また、個人が群集と化すと、個人だったときには行えなかったような犯罪的行為や英雄的行為にでる両面性を備えるという。群集は明確な目的意識を持たないという点で、Me Too運動やblack lives matter運動等の目的意識を持つ社会運動のような「連帯」とは明確に区別される。その群集を束ねる指導者は博識ではなく、偏狭で凡庸だという。

 『100分 de 名著』ではトランプ現象やコロナ禍にも触れられており、アメリカ議事堂襲撃は、まさに群集/群集心理の性質の実例と言える。また、トランプさんが偏狭で凡庸かは各個人の評価に委ねるとしても、「断言、反復、感染」の名人であることは間違いない。群集を束ねるリーダーとして適格だ。

 現在の事象にも容易に適用できるという点で普遍性を持つ当書は(この普遍性こそ名著の証し)、読めば読むほど自分も知らぬ間に群集の一員となり、何らかの思想に侵されて誰かを傷つけてしまうのではないかと恐怖を覚える。なぜなら、このような「断言、反復、感染」に弱く、強い被暗性を示す群集に、学者や政治家などの社会的地位の高い人すらも蝕まれ、群集の一部と化してしまうからである。したがって、私には太刀打ちできる自信はない。

 当書には残念ながら、群集/群集心理に蝕まれない方法については明確に書かれていない。おそらく、そのような方法がないのだろう。しかし、当書を読めば「本当に私自身の心理/思考なのか?集団の心理の反映でしかないのではないだろうか?」と立ち止まって考えるきっかけになる。それだけでも心強い武器になる。

 コロナワクチンで、人類は新型コロナに対抗する術を得た。しかし、それだけでは足りない。SNSに繋がることで、容易に偽情報も恐怖も憤怒も広まる今日。陰謀論や偽情報というウイルス、そのようなウイルスに侵された群集に対抗するワクチンとして当書は有効だと思う。